2022.10.20
朝日新聞の元スポーツ記者が米国「コンテンツ・マーケティング」イベントで心打たれたこと
- コンテンツマーケティング
エリー湖からそよぐ、ひんやりした秋風が私の背中を押してくれている気がした。
GAXマーケティングに参画して2ヶ月が過ぎた9月13~16日。私は米オハイオ州・クリーブランドにいた。当地で開かれた世界各国からマーケティング関係者が集う業界最大級のカンファレンスContent Marketing World&Expo 2022に参加するためだ。
本来ならば、大学時代からの友人で、私をGAXマーケティングに迎え入れてくれた、代表の佐藤岳が参加すべきなのだが、この夏以降、コンサルティング業務が立てこんでいた彼は、GAXにジョインして間もない私にさらりと言った。
「この時期、どうしても日本を離れられないんですよ。代わりにアメリカ、行ってきてくれませんか」。実は、このカンファレンスだけではない。前週にはマサチューセッツ州ボストンで数万人を集めたHubSpot主催のINBOUND22にも参加した。2週にわたるカンファレンスの「はしご」を、私はGAXの佐藤岳から急遽、託されたのである。
海外カンファレンスといえば、私は2002年~2020年まで勤務した朝日新聞社のスポーツ記者時代、ローザンヌやモナコ、クアラルンプールなどで開かれたIOC(国際オリンピック委員会)総会や理事会をプレスの立場で取材する経験を重ねてきた。ただ、専門領域のスポーツ分野で外野から取材して記事を書くのと、ビジネスカンファレンスに「当事者」として参加し、知見を持ち帰るのとはわけが違う。最初は佐藤岳のオファーに腰が引けた。
筆者が執筆した記事の一部
- 欧州で修行10年「僕は真剣だった」 カヌー銅の羽根田 - 2016リオオリンピック:朝日新聞デジタル
- 女子800セメンヤ「理解者に捧げる」 中傷乗り越え金 - 2016リオオリンピック:朝日新聞デジタル
「手ぶらで帰るわけにはいかないな」。そんな重圧さえ感じたが、いざ米国に渡ると、好奇心の方が勝った。米国は高校2年から3年の間、国費留学して影響を受けた国。私が運転免許を最初に取得したのも米国だ。机上の「カスタマー・ジャーニー」もいいけれど、久しぶりの「リアル・ジャーニー」を楽しもうじゃないか。チャンスをくれた友に甘え、そう割り切ることにした。
以下は、「書く」ことを生業にはしてきたけれど、この業界に入って間もない私の心に響いたContent Marketing World&Expoの簡易リポートである。米国の最先端の事例が披露されたContent Marketing World&Expo と私たちGAXマーケティングの取り組みには多くの共通点や親和性があるとも感じた。そして自分自身、この業界で何ができそうかについても想像を膨らませた。
2011年から続くコンテンツマーケティングの祭典
さて、Content Marketing World&Expo とはどんなイベントなのか。まずは概要を紹介したい。今年のキーノートスピーチにも登壇し、親しみやすいスマイルが印象的な上の写真の男性がJoe Pulizzi(ジョー・プリッツィ)氏。
Content Marketingという概念の生みの親で、彼が創始者であるContent Marketing Institute(CMI)が主催するのがContent Marketing World&Expoだ。2011年からクリーブランドを拠点に毎年開催されている。業界自体の成長と活性化、理念・事例・ノウハウの共有、世界中のマーケターの交流などを目的としており、私の肌感覚でお勉強色が7割、フェスティバル色3割といったところか。
過去2年は新型コロナウイルスのパンデミックの影響でオンラインによる開催だったが、3年ぶりとなる今回のリアルイベントには米国内外から約2000人が参加した。
主催者への取材によると、今年の海外からの参加者は例年より少なかったそうで、イタリア、オランダ、ベルギー、スイス、ポーランド、インド、オマーン、ベトナム、日本からの総勢20人ほどにとどまった。スイスからは日本企業のSUNSTARからの出席者もいた。2023年はクリーブランドではなく、ワシントンDCで9月26~29日に開催される予定だ。
ちなみに、Joe Pulizzi(ジョー・プリッツィ)氏とCMIによる“Content Marketing”は以下のように定義されている。そしてその和訳は、コンテンツマーケティングアカデミー著『DX時代のコンテンツマーケティング』から拝借した。
Content marketing is a strategic marketing approach focused on creating and distributing valuable, relevant, and consistent content to attract and retain a clearly defined audience — and, ultimately, to drive profitable customer action.
「コンテンツマーケティングとは、適切で価値ある一貫したコンテンツを作り、それを伝達することにフォーカスした、戦略的なマーケティングの考え方である。見込み客として明確に定義された読者を引き寄せ、関係性を維持し、最終的には利益に結び付く行動を促すことを目的とする。」
つまり、人々が何かほかのことをしているときに、一方的に割り込んで売り込む手法が「広告」だとすると、コンテンツマーケティングは、情報を求めている人に対して適切なタイミングで適切な情報を提供するアプローチということ。
私は広告会社の電通での勤務経験もあり、作り手の立場だった広告が「ノイズ」や「邪魔者」のように言われることには、正直、違和感がある。個人的にも、家にいるときはほぼテレビをつけっぱなしにしていて、新聞はスポーツ紙を含め、毎日2~3紙に目を通す。どちらかというと、情報(広告)のシャワーをずっと浴びていたいタイプだ。それでも、食事中に「不動産投資」などの勧誘電話が鳴ったりすれば話は別で、さすがにウザったいと感じる。
ちょっと値が張る商品やサービスを買うときには、日常的にスマホやパソコンで検索し、ブログやメールを読み込んでは欲しい情報を探し、比較検討している自分自身に気づく。1998年にGoogleが誕生し、2005~2006年にかけてはFacebook、Twitter、YouTubeが生まれることで、私たちの「購買行動」は変わった。それに応じて生まれ、進化してきたコンテンツマーケティングである。米国でどんな話が聴けるのだろうか。胸が高鳴った。
心に残ったTopRank Mariketing CEOの話
4日間にわたって受講した20近くのセッションのなかで、私のイチオシはこれだ。ミネソタ州プリマスにあるTopRank Marketing のCEO、Lee Odden(リー・オーデン)氏によるプレゼンテーションである。“The Secrets of Creating Inspired B2B Content Experiences” 「感動のB2Bコンテンツ体験をつくる秘密」と題したセッションは、数百人が入りそうなホールが満員御礼になった。開始時間になっても、部屋の外には順番に入室を待つ人の長い列ができていた。彼の許可をもらい、資料を提供してもらったので抜粋して紹介する。
冒頭。スピーカーのOdden氏はいきなり驚きの行動に出る。
「きょうは私の話に興味を持って、来てくれてありがとう。最前列に座ってくれた5人の方。超うれしいね。お礼のしるしにこれを差し上げます」。そういいながら、自分の財布の中から20ドル札を一人ずつに手渡していったのだ。
衝撃だった。私はプレゼンテーションでお金を配る人をかつて見たことがない。その良し悪しはともかく。もしかしたら、最前列の聴衆は「サクラ」だったのかもしれないが、とにかく「強烈なインパクト」である。他人とは違うやり方で、人を驚かせたり、喜ばせたりすることを常に考えているのだな、この人は。こんな人が社長を務める会社が織りなすコンテンツは、きっと異彩を放つに違いない。そう直感した。
Facts Tell, Stories Sell
Odden(オーデン)氏の講義は続く。
聴衆の前に2枚の写真が提示された。
いずれも男性がヒッチハイクをしている様子だが、持っているメッセージが異なる。
左の写真のメッセージは「TO JACKSONVILLE」(ジャクソンビルまで)
=これはセールス
右の写真のメッセージは「TO MOM’S FOR CHRISTMAS」(クリスマスに母さんのもとへ)
=これがマーケティング
とOdden(オーデン)氏は持論を展開する。なるほど、自分がこの男性の脇を車で通りすぎるドライバーだとする。左は素通りしてしまいそうだが、右はなんだか、車を止めて乗せてあげたくなる感情がこみ上げる。きっと親孝行で、家族思いで、誠実な彼を助手席に乗せて、少し話をしてみたい感情にかられるから不思議だ。
ストーリーはファクトの22倍、記憶に残る
Odden(オーデン)氏は力をこめる。
Facts Tell, Stories Sell. (ファクトは「語り」、ストーリーは「売る」)のです。
Stories are 22X More Memorable than Facts. (スタンフォード大の研究によると、ストーリーは単なるファクトより22倍も人の記憶に刻まれるのだ)と。
「B2Bの購入者も同じこと。41%がストーリーにインスパイア(感動)されたがっていて、購入者(見込み客)同士で分かち合える力強いストーリーを探しているのです」。
さらに、50%のB2B購入者は、ブランドに感情レベルでつながりを持った時、よりその製品を購入する傾向にあると、Odden(オーデン)氏は結論付けた。
B2Bコンテンツほとんどが退屈では?
1日46億ピースのコンテンツが量産中。何らかのチャレンジが必要だ!とOdden氏。情報過多と言われる昨今、1日あたり46億のコンテンツが世界中で作られているという。
過去のContent Marketing WorldでOdden(オーデン)氏は「コンテンツでB2Bを退屈から解放する」などのテーマで講演していることを後に知った。私自身、これと同じような問題意識を持っている。GAXマーケティング代表の佐藤岳とも最近よく議論を交わす。見込み客に見つけてもらう第一段階にあたる、「〇〇とは」「〇〇のやり方」系のコンテンツは「百科事典的」に書くのが定石、というのはまだわかる。問題はその先だ。
スポーツを主戦場とする記者時代、選手の葛藤、勝負の分かれ目、テレビ中継では見ることができない、知られざるエピソードを掘り起こすような取材を通じて、エピソードにこだわってきた。そんな私にとって、一般的に世にあふれるB2BコンテンツはOdden氏も指摘するように、無機質で、無感情で、退屈に感じてしまう。
検索で見つけてもらったあと、その商品やサービス、ブランドや企業のファンになってもらい、購入してもらい、記憶に残り、その後も、ほかの見込み客におススメしてくれる。そんな顧客との関係を育むコンテンツとは何か?クリーブランドで考えを巡らせていた。
導入事例×エモーションに挑戦
私たちGAXマーケティングの一つの答えが、「導入事例」だ。導入事例は、実際の顧客が課題解決を成し遂げた「成功体験」「サクセスストーリー」そのものだからだ。事例を読んだ別の見込み客が同様の課題を抱えていた場合、それは示唆とヒントに富んだ道標になる。それぞれのオリジナルの事例を磨き上げることで、世にあふれる退屈なコンテンツとは差異化できそうだ。
佐藤岳もよく指摘しているが、世の中に流通している導入事例のほとんどには、「選定ポイント」の記載がない。私に言わせれば、「勝因」が書かれていないスポーツ記事のようなもの。消化不良の事例と読み比べて、GAXがつくる事例はやっぱり違う。そう評価されることが、私のコンテンツマーケターとしての第一歩だろうと、決意を新たにした。
Content Marketing World&Expo 2022では、私がすっかり魅了されたOdden氏のセッションのほかにも、コンテンツマーケティングに「皮肉」や「自虐」「失敗」などのコメディのフレームワークを応用して、「笑わせて、売る」斬新なセッションや、「大学時代に受けたかったコピーライター講座」などを受講し、個人的に大いに参考になった。
最後に、初めてのクリーブランド出張前、Content Marketing World&Expoに第1回から参加している日本SPセンターの渡辺一男さん、田所浩之さん、村上健太さんらを訪ね、事前にカンファレンスの全体像、セッションの効率的なとり方などについて教えていただいた。ご協力に心から感謝申し上げます。
※本文中の所属肩書は本記事執筆当時の内容です。
原田 亜紀夫
上智大学外国語学部英語学科を卒業後、1995年電通入社。主に外資系飲料メーカーのブランド担当営業としてスポーツドリンク、ミネラルウォーターのキャンペーン戦略立案を主導した。2002年朝日新聞社に記者職で転職。スポーツ部記者として国内・海外を幅広く取材し、リオデジャネイロ五輪では現地取材班キャップを務めた。2020年秋、東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会に入会し、ホッケー会場のVGM(ベニュー・ゼネラルマネジャー)に。2022年夏よりGAXマーケティング参画。1972年北海道函館市生まれ。8月13日「函館夜景の日」発案者として現在も「はこだて観光大使」を市から委嘱されている。